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『踊れ、愛より痛いほうへ』3分でわかる!あらすじと感想|芥川賞ノミネートの理由解説も

先日、芥川賞が発表されました。

結果としては、驚きの第173回芥川賞は、受賞作なしという異例の結末を迎えました。
けれど、それは「該当作がなかった」わけではなく、すべてが強すぎたからこそとも言われています。

なかでもひときわ注目を集めたのが、この『踊れ、愛より痛いほうへ』
少女・アンノの「割れる」という感覚と、その痛みの先へ進もうとする姿は、誰もが抱える“どうにもならなさ”を、鋭くも優しくすくい上げてくれます。

「家族ってなに?」「愛って、時には呪いになるの?」
そんな問いに、まっすぐ正面からぶつかっていく物語。

本記事では、あらすじ・見どころ・感想・おすすめ読者タイプ・類似本まで、読了時間およそ3分でお届けします。

納得できないことがあると、自分が「割れてしまう」——
そんな感覚を抱えながら生きる高校生・アンノ。

母の「あなたのため」という言葉に傷つき、家の庭にテントを張って暮らし始めた彼女は、どこかで世界と距離を置こうとしていた。

やがて始めた配達の仕事で、アンノは年上の青年と出会い、付き合い始める。けれど関係は長くは続かず、彼の祖母・あーちゃんとの静かな対話だけが、心のどこかをそっと撫でてくれた。

他人といるのはしんどい。でも、ひとりもまた苦しい。

傷つくことさえ、いつしか愛のかたちになっていく。
壊れそうで、それでもちゃんと生きていた少女の、静かで切実な物語。


この本を読む前に知っておきたい5つのこと

  • 「割れる」という感覚が、物語の軸になる
    本作の主人公アンノは、納得できないことがあると「割れる」と感じる。
    この“割れる”という感覚は、怒りや悲しみを超えた、彼女の根本的な生きづらさの象徴。
    物語は、この言葉に寄り添いながら進んでいく。
  • 恋愛ではなく、「関係性」が主題
    タイトルから恋愛小説と思われがちだが、本作はむしろ“他者とどう関わるか”を描く。
    特に、元恋人の祖母・あーちゃんとの静かなやりとりは、「家族でも恋人でもない」関係の尊さを浮かび上がらせる。
  • 家族の中にある“言葉の暴力”が描かれる
    アンノは母親の「あなたのため」という言葉に苦しんでいる。
    言葉は愛情として投げられても、受け取る側には暴力になってしまうことがある——
    そうした家族内のすれ違いが、静かに、けれど確かに描かれる。
  • 作者は“詩人”でもある
    向坂くじらは詩人出身の作家。
    だからこそ本作の文章には、リズム・余白・にじむような言葉の選び方がある。
    物語そのものだけでなく、“一文一文の表現”にも注目すると、より深く味わえる。
  • 「普通」や「正しさ」に疑問を持っている人に刺さる
    この物語は、「ちゃんとすることが苦しい」「普通の家族になれない」「愛されるのがつらい」と感じたことがある人にこそ読んでほしい一冊。
    あなたの中の「わかってほしかった気持ち」が、そっと揺れるかもしれない。


🚨注目の理由・選評まとめ

  • デビュー作から2作連続の芥川賞ノミネート
    向坂くじらは、2024年に発表した初小説『いなくなくならなくならないで』が第171回芥川賞候補に選出され、小説家としてその名が一躍知れ渡った。さらに続く第二作『踊れ、愛より痛いほうへ』も第173回芥川賞候補となり、新人として2作連続ノミネートという異例の快挙を達成している。
  • 象徴モチーフ「割れる」が映す内面の葛藤
    幼い頃から主人公アンノは理不尽な出来事に直面すると、頭が「割れる」ような衝動に襲われる。この反復される「割れる」のモチーフは、アンノの“暴力的自己認識”のメタファーとも評されており、彼女の内に潜む激しい痛みと葛藤を鮮烈に描き出す。現実に馴染めない主人公の心情を直接言語化する、強烈な印象を残す描写となっている。
  • 血縁を超えた家族観と「別の形の愛」の提示
    本作では、血の繋がりに依存しない新しい家族のあり方と愛のかたちが大胆に提示される。選考委員・渡邊英理氏は「血縁に依拠しない『家ならざる家』にこそ、愛の呪縛の彼方がほの見える。この小説は、別の形の愛を求めるあなたへの過激な恋文だ」と選評で絶賛。アンノが家の庭に張る赤いテントは、「家ならざる家」の象徴であり、読者に「家族とは何か」「愛とは何か」を突きつける舞台となっている。
  • 詩人ならではの言葉選びと詩情豊かな表現
    向坂くじらは詩人・エッセイストとしても活動しており、その感性が小説表現にも生かされている。鋭利でありながら温かみのある言葉選びにより、アンノの内面の揺らぎや痛みが詩情豊かに表現されている。批評でも「詩人ならではの鋭く美しい文章」が評価され、本作の読後感を特別なものにしている。

🫶こんな人におすすめ

もし、今のあなたに少しでも重なるものがあったら、この本をそっと手に取ってみてください。

  • 「普通」に馴染めなかった経験がある人
    家族や学校、社会の中で“ちゃんとできない”自分を責めてしまったことがある人にとって、アンノの揺らぎは深く重なるはずです。
  • 親からの「あなたのため」という言葉に傷ついたことがある人
    善意のはずなのに、押しつけられたと感じてしまった。
    そんな経験がある人には、この物語が静かに寄り添ってくれます。
  • 「うまくつながる方法」がわからないと感じている人
    人との距離感に悩み、近づきすぎても離れすぎても苦しくなる。
    そんな不器用な優しさを抱えた人にこそ、読んでほしい物語です。
  • 詩的で独特な文体を味わいたい人
    向坂くじらは詩人としても活動している作家。
    ひとつひとつの言葉に宿るリズムや余白の美しさを、じっくり味わいたい人におすすめです。
  • 言葉にならない気持ちを抱えたまま、大人になった人
    もう過ぎたことだと思っていたのに、なぜか胸の奥がざわつく。
    そんな感情にふと気づかせてくれる一冊です。
  • なんとなく「自分だけずれてる」と感じたことがある人
    周りは平気そうなのに、自分だけがちょっと違う気がする——
    その“ズレ”に名前をつけてくれる物語です。
  • 芥川賞ノミネート作を通して現代文学に触れたい人
    難しそうと感じる方でも大丈夫。
    感覚からスッと入り込める作品なので、初めての芥川賞候補作にもぴったりです。


📚この本が好きならこちらもおすすめ

この本が気になったあなたへ。心にやさしく残るような、似た雰囲気の本を集めてみました。

『水たまりで息をする』高橋隼子

おすすめ理由
愛とは、理解することではなく、わからなさごと受け入れること。
アンノがあーちゃんのために自分を変えていくように、
この物語でも、妻は“普通じゃなくなっていく夫”と共に歩み続けようとします。
静かに変わっていく関係が、胸の奥にじんと響きます。

【日常がちょっとずれていく、その瞬間を感じたことはありますか?】
ある朝、夫が突然「お風呂に入らない」と宣言。
水道水の臭いや感覚が耐えられなくなったという。
妻・衣津実はペットボトルの水で体を洗うことを許すが、
夫はやがて雨や川で体を清めるようになり、生活は変容し始める。
職場での体臭問題や義母の責めも加わり、二人は郷里へ移住。
豪雨の河川増水警報の夜、妻は夫の行方を追う――。
ささやかに崩れる「普通」と、「愛する」という選択の静かな問いを描く、抑制の利いた人間ドラマ。

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

『そして、バトンは渡された』の詳細はこちらから

おすすめ理由
「家族」は、血のつながりだけじゃない。
『そして、バトンは渡された』が、受け渡される優しさの連鎖を描くなら、
『水たまりで息をする』は、壊れかけた日常の中でも“寄り添い直す”姿を描いています。
形ではなく、想いを選び続ける姿に、静かな感動が広がります。

あなたには、いくつの“家族”がいますか?
実の親、義理の親、血のつながらない親たち──
名字が何度も変わった少女・森宮優子は、家族を何度も“もらって”生きてきた。
自由すぎる継母、几帳面すぎる父。ひと癖ある大人たちと過ごす中で見えてきた、あたたかな日常。
そしてバトンのように、大切な想いは静かに受け継がれていく。
涙よりも、じんわり心に残る幸せをくれる、“家族のかたち”の物語。
きっとあなたも、自分の「家族」にそっと会いたくなる。


『踊れ、愛より痛いほうへ』を読んで ──はるのぽつり。

「割れる」って、こんなにも切実なことだったんだなって、読んでいて思いました。

誰かに言われた何気ない一言。
自分の中にある説明できない違和感。
それをどうしても飲み込めなくて、感情の奥で“ひび”のように広がっていく感覚。
それを向坂くじらさんは、「割れる」という言葉で見事に描いてくれていて、
ページをめくるたびに、アンノの孤独や痛みが、すっと心の奥に差し込んでくるようでした。

この作品は、第173回芥川賞の候補作。
前作に続いて2作連続でノミネートされているというだけでも凄いことだけど、
その理由が読み進める中でじんわりと伝わってきます。
感情の揺れや葛藤が、決して大きな事件ではなく、
日常の些細なひとことや関係性のズレの中で丁寧に描かれていて、
それがとても「リアル」なんです。

個人的な話をすると、私も昔、
「あなたのためを思って言ってるのよ」って言葉が苦手でした。
その言葉の向こう側に、
本当に私のことを思っているのか、それとも誰かの理想像に当てはめたいだけなのか、
分からなくなってしまうことがあって。
そんな気持ちを、アンノの目を通して思い出したような気がします。

でもこの物語は、ただの苦しみで終わるわけじゃありません。
アンノとあーちゃんの関係性のように、
不思議で、でもたしかに温かい繋がりが、少しずつ彼女を変えていきます。
他人との距離感に悩んでいる人や、
「愛って、こうじゃなきゃダメなのかな?」と感じたことがある人には、
きっとそっと寄り添ってくれる作品になると思います。

芥川賞ノミネート作品と聞くと、ちょっと身構えてしまうかもしれないけれど、
この作品はむしろ、そういう人にこそ読んでほしい一冊でした。
難しさよりも、やさしさと鋭さがじんわりと染みてくるような物語です。

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