はじめに(本作品を読む前に)
ある朝、SNSに流れてきた“謝罪投稿”に、目が留まりました。
その内容に、胸がざわついたのを覚えています。
なんでも代行できる時代。
運転代行、出品代行、退職代行。
でも――「謝ること」まで、他人に任せてしまってもいいのでしょうか?
そんな疑問から生まれた、ささやかな物語です。
もしこの短編が、読んでくださるあなたの心に
小さくてもなにかを残せたなら、それだけで嬉しいです。
本編『謝罪代行サービス』
「あなたの過ち、代わりに謝ります。」
ある男のSNSプロフィールには、そんな一言が添えられていた。
アカウント名は“謝罪代理人X”。
フォロワー数は数万人。投稿には、多くの依頼者の声が載せられていた。
たとえば──取引先でやらかしてしまった新人。
たとえば──納期を守れなかったのに、部長が外回りで不在の中小企業。
たとえば──クレーム対応をするメンタルが限界にきているカスタマー担当。
依頼方法はシンプルだった。
固定投稿にあるテンプレートをコピーし、DMで送るだけ。
- 名前(匿名可)
- 理由(できるだけ具体的に)
- 相手との関係性
- 希望する謝罪のトーン(軽め/涙あり/真面目系 など)
《“真面目系”で、年下の上司に》
《“涙あり”で、支店長に。僕の代わりに頭を下げてください》
《“軽め”で。クレーム相手がしつこいので、やんわり謝ってほしい》
そう、Xは“あなたの代わりに謝るプロ”だった。
やがて、Xは“謝罪代行サービス”の会社を設立する。
その名も──『株式会社モーゴメン』
「退職代行があるなら、謝罪代行があってもいい」
そんな言葉とともに、サービスはメディアに取り上げられ、SNSでバズり、一部では炎上すら“宣伝効果”だと称された。
Xの名は知らなくても、「モーゴメン」は誰もが一度は耳にするようになった。
「謝罪のかたちを変えた男」
「社会の新しいインフラ」
「“申し訳ありません”は、プロに任せる時代」
だが──バブルは、いつか弾ける。
モーゴメンが公開していた「利用者の声」のひとつが、SNS上で話題になった。
その体験談には、細かな謝罪内容や業種、立場の描写が含まれていたのだが、ネット民の手によって“依頼者”が突き止められた。
名前こそ伏せられていたが、SNSでは容赦がなかった。
「そんなサービス使うやつはバカ」「人間のクズ」「取引先にチクろうぜ」
罵詈雑言が、朝も夜も、彼を追い詰めた。
そんな中、ある投稿がバズる。
それは、“依頼者本人”が残していた最後のメッセージだった。
「Xさんには、投稿前に“感想は載せないでください。身バレが怖いです”と伝えていました。でも、依頼内容は公開されました。そのせいで、取引先からは契約解除。
上司には、勝手に代行を頼んだことを怒鳴られ、クビになりました。SNSでは、毎日毎日、誹謗中傷の嵐です。私はもう、生きていけません。サヨナラ。」
次の日、ひとつの遺体が見つかった。
──そして、SNSは、一瞬で地獄と化した。
「命を“謝罪パフォーマンス”に変えた男」
「演出で許されたと思ったのか」
「誰かのミスを、演技で消すな」
さらに、追い打ちをかけるように、Xとモーゴメンに対し、脱税と不正会計の疑惑が浮上する。
接待交際費の過剰計上、広告費の“自演バズ”操作、架空口座での送金──
“謝るべきこと”が次々と明るみに出ていく。
──そして、Xは、姿を消した。
いつものように即レスだったSNSも、更新が止まる。
社員も沈黙、取材にも応じない。
“プロの謝罪”は、どこにも見当たらなかった。
そして、4日目の深夜。
モーゴメンの公式アカウントが、ぽつりと投稿をした。
【募集】
謝罪代理人を探しています。
名前:X
理由:脱税・不正会計・個人情報漏洩・倫理観の欠如
条件:社会的信用回復、炎上の鎮火、涙必須
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『謝罪代行サービス』のあとがき ──はるのぽつり。
「謝る」という行為には、勇気がいる。
失敗を認めること。
相手の怒りを受け止めること。
自分の立場が揺らぐかもしれないという不安。
たとえば、取引先に怒られるのが怖かったり、
上司に失敗を知られるのが怖かったり。
ほんの小さなことでも、
「謝る」という一歩を踏み出すのって、案外むずかしい。
この物語を書いたのは、
そんな「言いにくさ」や「逃げたくなる気持ち」が、
誰の中にもあると思ったからです。
“謝罪代行サービス”という設定はフィクションだけど、
「謝ることを代わりに任せられたら楽かもしれない」
っていう気持ちは、決して他人事じゃない気がしていて。
この物語に登場する“X”は、
そうした気持ちを淡々と引き受けていく存在です。
でも同時に、誰の心にも“Xのような自分”がいないとも限らない。
謝ることを代わりに頼むより、
謝るまでにかかる“時間”を、一緒に背負ってくれる誰かが、
一番、必要なのかもしれないね。
これはたぶん、私自身がこの話を書きながら、
無意識に感じていた“本当の願い”だったのだと思います。
誰かの言葉を代わりに言うより、
誰かの沈黙を隣で待てる人になれたら。
そんな想いを込めて、この物語をそっと手放します。
読んでくださって、本当にありがとうございました。
この小説が面白いと思った方は
ぜひ【ハルノキ短編小説|『消えた日』】と【ハルノキ短編小説|『消えなかったもの』】も読んでみてください。